「あなたはメンドクサイ人ですね」と言ってもらえないひと

誰かとやりとりをしていて

 

「あなたメンドクサイ人ですね」

 

と、言われた経験のある方と

そうでない方は

これからの人生が「大きく」違います。

 

たったこれだけのことですが

本当に「違い」がでるのです。

 

その理由は非常にシンプルでして

 

メンドクサイ人は

「自分のどこがどんなふうにメンドクサイか」を

知らないのです。

 

つまりは、自分がメンドクサイという自覚が

ありませんから

なかなか「事実」には気が付くことが出来ません。

 

私は過去、メンタルトレーニングを受けていた時期に

それを「毎日、散々」言われてきました。

そして、一緒にトレーニングを受けている仲間が

「毎日、こてんぱんに」言われる場面を見てきました。

 

向き合っている課題に対して

逃げなかった仲間は

「立ち上がれないほどこてんぱんに」やられました。

睡眠や、食事や、仕事に影響が及ぶほど

本気でやりました。

そこから

這い上がって戻ってきたメンバーだけが

トレーニングを終了まで過ごすことが出来ました。

 

その体験がありますので

本当にこの言葉が必要で

信頼関係のある人にしか

「ツッコミ」をしないようになりました。

 

「あなたはメンドクサイ人ですね」というのは

注意や批判ではなく

いわゆる

「ツッコミ」なのです。

 

しかし、どうでもいい人には

誰も言葉をかけないように

ドウデモイイ人に

わざわざ「ツッコミは入れない」のです。

 

ですから

「あなたはメンドクサイ人」ですね

と言ってもらえる人は

実は「幸せな人」ということになります。

 

メンドクサイ人に

「あなたはメンドクサイよ」

なんてことを申し上げましたら

それはそれはもう非常にメンドクサイ事になると

容易に予想が出来ますよね。

 

しかし、あえてそれを

してくれる人がいるということは

しあわせなことなのです。

 

私は以前パートナーに

一度だけ、このツッコミをしたことがあります。

 

その頃彼は

「自分の生き方なんて、誰にも理解されない。

むしろ、誰にも理解なんてできるはずがないんだから

わかったようなことを言われたくない」

 

と言っていましたし

そういう

「わかってたまるかオーラ」

を、むんむん出していました。

 

何がこんなにこの人を卑屈にさせてしまったのか

時間をかけて話を聞きましたが

あまりにもその姿勢が頑なだったため

 

「あなた、本当にメンドクサイ人ですね。

誰からも理解されたくないなら一生そうやってればいいですよ」

 

と、突き放したことがあります。

 

彼は、自分の決断や意思を

他人によって強制的に変えられてきた経験を

たくさん持っていました。

 

それは「絶対にあらがえない驚異的な権力」で

 

普通の生活をしている人には

想像も体験もできないような境遇で

6年という時間を過ごしてきた経験があります。

 

自分の顔色を変えれば相手に悟られますから

表情には出しません。

 

思っていることを伝えても

権力によって事実は曲げられてしまいます。

 

そういった「特殊な状況」で生きていた経験もあり

「複雑な心の状態が通常」となってしまったのですね。

 

それを自分で認識して、向き合うには

時間も勇気も必要です。

 

しかし、彼は「そこ」を乗り越えました。

 

ですから

「あなたはメンドクサイ人ですね」

と言われて、怒って終わり、ふてくされて終わり

という人には「見えない世界」に彼は「上がった」

のだと思います。

 

「自分がメンドクサイという事実」を

受け入れることが出来ないと

魂の上昇はありません。

 

ですから現実は変わらず

「自分自身もメンドクサイまま」

なのですよね。

 

これからの人生が「大きく」違う理由は

こんなかんじです。