親から自立して自分の人生を生きる。には

これは

昨日のつづきです。

 

うまくいかない事が多い人生の背景には

 

「やり残し」があります。

 

それは

「後悔」とも言えるかもしれません。

 

思い切りやれていなかったり

 

本当はしたいほうを、何らかの理由で選べなかったり

 

言いたい事が言えずにいたり

 

したくないことばかりしてきていたり

 

とにかく

 

「本当はそうじゃなかった」

 

「本心は違った」

 

といった類いの「想い」が

残っている事はありませんか。

 

この想いを

持ったままにしている事柄は

何年経過していようと

肉体や年齢が「大人」になっていようと

 

「終了」していません。

 

つまり

その出来事や体験は

「未だに続いている」

ということになり

 

過去から、現在に

「完了」していない「体験」を

持ち込んでいる状態といえます。

 

それは

「トラウマ」と表現される

場合もあります。

 

過去に体験したことを

「完了」できていないと

「トラウマ」は「何度でも」

現れます。

 

それは「再体験」として形を変えて

相手を変えて何度でも「現実」に現れます。

 

トラウマは、あなたの身についてまわる「影」のようなものだからです。

 

 

自分が

「本当に欲しいものはなにか」

 

そして、それを

「与えて欲しいのは誰か」

 

この大切なこたえが

自分でわかっていれば

 

「影」が

あなたを

攻撃することはありません。

 

しかし、大抵誰でも

「光」を「求め好み」

「影」を「忌み嫌う」傾向があるのです。

 

ですから

結果的に

「影」に「攻撃」されることになります。

 

自分の「一部」である「影」を「無かったこと」にしようとする人が

あまりにも多いからですね。

 

既に自分の肉体が

「大人」になっていると

余計にその兆しが強くなります。

 

「影」を無かったことにして

「蓋」をし

「記憶」を山ほど重ねて

「存在」を消し去ります。

 

しかし

「人間」には

都合のよい

「記憶のリセット機能」は

ありません。

 

時間が経ったある日

「体験」が引き金になり

「記憶」の山の中から

「痛み」が出現します。

 

その「痛み」が出現した時が

「傷を知るタイミング」です。

 

「治療」が必要なのです。

 

それは

薬を飲むことでも

手術をすることでもありません。

 

「影」と

「傷」と

「トラウマ」と

「向き合う」ことです。

 

それが

 

自分が

「本当に欲しいものはなにか」

 

そして、それを

「与えて欲しいのは誰か」

 

を「思い出す」ということです。

 

自分が「本当に欲しいもの」がわからなければ

「不足感」が無くなることはありません。

 

「与えて欲しいのは誰か」がわからなければ

「誰からも貰えないから」です。 

 

影は「自分の身に添うもの」

です。

 

決して「敵」ではありません。

 

影は「あなた自身」なのです。

 

自分自身を

「無視」し

自分自身に

「蓋」をし

自分自身の生きてきた時間を

「無かったこと」に

してしまうのはやめて

 

生きてきた時間を

してきた経験を

「受け入れて」あげませんか。

 

 

過去を「精算」して

過去を「完了」すれば

 

今を生きることができます。

 

囚われるのはやめて

病むのはやめて

 

本当の自分で

生きてみませんか。

 

あなたには

「しあわせになる資格」

があることを

 

どうか

思い出してあげてくださいね。