幼すぎる恋愛観の果てにあるもの

前記した、私が以前

お付き合いをしていて

浮気を繰り返していた男性は

 

浮気をされることが

死ぬほど嫌な男性でした。

 

しかし、その

「死ぬほど嫌なこと」を

 

「自分で、何年も、ずっと

繰り返し、していました」

 

あの彼は自分自身を

まったく

「わかっていません」

でしたし

「向き合うこと」もしませんでした。

 

自分が「されて嫌だったこと」を

 

「自分のオンナ」にしてやること」

で、

 

自分のトラウマを癒やそうとしていたのでしょう。

 

つまり、過去に浮気をされた自分の彼女への「復讐」に

女性を「利用していた」のですね。

 

しかし、あの彼はそんなこと

「無自覚」だったと思います。

 

そもそも「向き合うこと」から逃げて

「セックスに依存」し

 

「セックスは愛の証」だと

オンナに「思い込ませ」ていました。

 

つまり

「セックスの数だけ、自分はオンナを大切にしている」という「証拠」にしていたわけですね。

 

セックスをすることで

相手を「支配」した気になり

相手が自分に「服従」している姿で

「満たされる」

 

何でも言うことを

「聞かせよう」とする。

 

自分の要求に「応えられないオンナ」は

「自分のことを愛していない」と「大騒ぎ」するわけです。

 

「どんなオンナに愛されていても満足できない。可哀想だけどモテちゃう最高のオレ!自分劇場だぜ!」

 

です。

 

殆んど終わりに向かっていた時期は

「さすが、役者を志望していただけのことはあるなあ」と

その大騒ぎに関心したものです。

 

毎回同じ質問をされるため

私の返答は殆んどセリフに近いものでしたし。

 

「浮気をしてません」

「あなたを愛しています」

「他の男とは寝ていません」

などなど。。

 

オレサマ劇場の舞台稽古に

6年以上付き合ってさしあげたわけです。

 

彼は

「こういうことからしか」

「愛情」を感じる事ができなくなっていた。わけです。

 

恐らく彼は、自分のことが

「嫌い」だったのでしょうね。

 

「死ぬほど嫌なこと」を

自分自身に

しつづけられたのは

「嫌いな相手」だからだと思います。

 

以前、私は

こういう彼を

「理解できるのは自分だけ」と思っていました。

 

そして

「力になりたい」

「なんとかしてあげたい」

と、時間もお金もかけて

すべてで応えました。

 

しかし、彼は

「変わることはない」わけです。

 

チヤホヤされて、わがままを

言えるほうが「楽」ですから。

 

しかし

そうさせたのは

他でもない

 

私自身なわけです。

私が彼を「ああしてしまった」わけです。

 

つまり

私は、男性をダメ男にするのが

うまかった。のです(´ω`)💧

 

自分が嫌なことを相手にするのは

子供だからなのです。

 

好きな女の子に嫌がらせするのと同じですね。

 

子供は、嫌なことを

「ひとのせい」にします。

 

子供には、責任が取れません。

 

難しいことはわかりません。

 

つまり子供は「無責任」なのです。

 

私たちはお互いに

そういうところがありました。

 

つまり

「お互い、幼すぎて大事なことがわかっていなかった」のですね。

 

 

これは

「幼すぎる恋愛観」の一例です。

 

どちらも幼すぎるから成立したお話です。

 

私は、大人になること

を、望みましたが

彼は拒否しました。

 

彼は、まだ

遊びたかったのでしょうね。

 

誰も、

誰かを癒すことはできませんし

救うこともできません。

 

彼との経験はすべて

それらが「できる」と

思い込んでいた私への

「警告」だったのだと思っています。

 

人を救える

人を癒せる

 

そんなことができると思っていたことを

本当に「おこがましい」なと

感じました。

 

これらは

自分なりの

「愛情」で

「幼いながらも」

「一生懸命に彼をと時間を過ごした」

から わかった事です。

 

そして

わかれば、繰り返さない。ので

前に進むことができるようになれます。

 

だから

男性をダメ男にしない方法や

男性を伸ばす方法が

わかるようになりましたし

 

浮気をされるような付き合いと無縁なになれたのだと思います。

 

こういった経験をしていない場合は

「わからないこと」です。

 

ですから、私は私のやり方を他の方には

「お勧めはしません」

 

それでも

ご相談をいただいた時には

そのかたに

「伝わる言葉」を用いて

そのかたが

「気付く」ことを信じて

コミュニケーションを取らせていただいております。

 

もし、お困りのことがありましたらご連絡下さい。

 

御縁がありましたら

繋がることができると思います。