相性のみわけかた

 

パートナーができない

 

仕事がうまくいかない

 

パートナーとうまくいかない

 

やりたいことがみつからない

 

何だかイライラする

 

思い通りにいかない

 

しあわせになりたい

 

努力しているのに報われない

 

「なりたい」のに

「なれない」

 

「やりたい」のに

「できない」

 

「欲しい」のに

「手には入らない」

 

だから困っているのです。

 

だから

「どうしたらいいか」

「どこが問題か」

 

わざわざお金と時間をかけて

教わっているのです。

 

「みえないものを見ることができる」人や

 

「自分がしたいことを経験をしてきた」人を  

 

探して

求めている

 

わけです。 

 

しかし、たいてい

 

分かるような言葉

理解できるような表現

ふにおちるような体験

 

要するに

「たった一回で解決するような

劇的な解決方法」は

 

誰からも教えては

もらえません。

 

一回で教えてしまったら

「商売あがったり」ですので

絶対、一回では教えてはくれないと思います。

 

かたちのないものや

目にはみえない

知らないことを

「伝える」ことは

「難しい」という

「前置き」が

必ず入りますから

それが

「なかなか自分自身に浸透しない膜」をつくります。

 

その膜が「ある」という

「思い込み」が

 

「自分に欲しいものを浸透させない、理解させない」ための

「思い込み」です。

 

ですから

「本当に知りたいこと」は

「わからないまま」に

なってしまうわけですね。

 

お金を払って

目にはみえないものや

まだ知り得ないことを

「買う」と

 

お金を払った相手は

目にはみえないもの

つまり

「買ったもの」を

 

見えるように

わかりやすいように

気持ちや言葉を砕いて

さまざまな体験談や

例えを用いて

「説明」をしてくれます。

 

「わざと、意図的に、わからないように表現をする人」もいます。

 

時間をかけて、わざわざ後から「気付くようにする人」もいます。

 

結局

「何がいいたいのか、わからない人」もいます。

 

どの人がしてくれる

「説明」が

自分にとっていちばんわかりやすく、理解しやすいか。

が、鍵です。

 

波長やエネルギーが

違いすぎると

「日本語という言語」でも

「何がいいたいのかわからない」という現象がおきます。

 

ですから

「話が通じない」ですとか

「何をいいたいのか、いっているのか、わからない」

ということが起きます。

 

ただ、実際、

ほんとうのこと、というのは

非常に「シンプル」です。

 

しかし、ほんとうのことが

「嫌」で「受け入れたくない」場合は「拒否」をします。

 

ほんとうのこと=シンプル

 

ほんとうのことではないこと=複雑

 

結果

ほんとうのことではないこと

が「事実」となりますので

現実は「複雑」になります。

 

すると 

「目にはみえないものを説明したり、理解するのは時間がかかるし、大変なこと」という「複雑な回路」が出来上がり「迷路」に入ります。

 

そこから抜け出したくて

「目にはみえないものや未来を見る人」を「お金を払って探す」わけですね。

 

お金を受けとったひとは

お金を払ったひとに

「見えていないものはなにか」や

「見えないもののみかた」を

お金を払ったぶんだけ

教えてくれます。

 

ですから 

「回数を重ねて教わりたい」ひとは、回数がかかります。

 

そして

「そこ」に気づかないと

「このループ」をグルグルと繰り返し

回数を重ねて知ること。

になるわけですね。

 

ほんとうのことを

「ある」と

「認め」て

「受け入れ」て

「感情」の

「喜怒哀楽」どれを感じているのかを、しっかりと

「自分で意識すること」

ができれば

 

わざわざ物事や問題を

「複雑」

にする必要はないのですが

 

恐らく

自分に「嘘をついたり」

自分を「だましたり」

自分を「無視した」

分だけ

「自分に、それらをした言い訳」をしなくてはなりませんから

「複雑」になるのだろうなと感じています。

 

これは、

 

脳の思考パターン

考え方の習慣、傾向性、癖

 

なだけですから

変えることはできる。のですけれど。

 

この「説明」が「わからない」場合は

恐らく

私の「表現」や「伝えかた」では

「わからない」

と思いますので

他をあたられたほうがよろしいと思います。

 

合うか、合わないか

は、こういうところにも

「相性」としてあらわれます。

 

相性の合わないひとに

無理矢理あわせる必要は

実は、ありません。

 

セックス

性格

にも「相性」があるように

 

相談したいひとと

相談されたいひと

にも「相性」があります。

 

相性が合わないって

結局、合わない わけですから。

 

少し話して、時間をかけすぎなくても、早めにそれが

「わかる」と 

いいのかな。と思いましたので、書かせていただきました。

 

 

ありがとうございます。