自分の身体を癒すということ

男性=父

への「どうにもならないほどの怒り」に気づいた時

 

頭痛と、めまいと、吐き気と

体の右背中、ちょうど肩甲骨のあたりに「激痛」が

でました。

 

セラピストという職業柄

疲労が溜まりやすい体質ではありましたが

どうも、様子が違いまして。

 

なにもでませんが

2度程吐いて

「なにか」がでました。

 

しかし、まだおさまらず。。

 

体の痛む箇所が

「自分では手がとどきにくい場所」だったので

パートナーにお願いをして

「痛いところをおさえて」もらいました。

 

痛い箇所を、

「もう少し右」

「もう少し上」

と、導いて、行き当たりましたら

 

パートナーは、背中ではなく

痛みのある「前側」に手を移動しました。

 

次の瞬間

「針を突き刺されたような痛み」が走り

 

数回、痛みにより

「うー!あー!」

いいながら

私はジタバタしておりました。

 

パートナーは

「背中じゃなくて、前側が痛いんじゃないか」

と、感じたようで。

 

あ、そうです。

パートナーは

「自分の肉体を用いて、他人の肉体を癒すことができるひと」です。

 

見えないものが見えたり

聞こえたりもします。

 

選択をすれば

「セッション」ですとか 

「カウンセラー」ですとか

 

そういったことも

ビジネスとしてできる人です。

 

しかし、それを

「選択」せず

「生業」にはしない人です。

 

 

程なく、痛みは抜けていました。

 

「お手当て」は

「立派な医療」

だという話を聞いたことがあります。

 

私のパートナーへの信頼により、相乗効果は非常に高く

「全く痛みがなくなり」ました。

 

自分では抜けない場所を

パートナーが抜いてくれた

のですね。

 

自分ではできないことを

パートナーにあまえてしてもらったのです。

 

以前の私にはできなかったことでした。

 

こういう瞬間に強く

「愛」を感じます。

 

自分がして欲しいこと。と

相手がしてあげたいこと。が

自然と「重なりかたちになる瞬間」だからです。

 

 

痛みを抜きたい。

痛みを抜いてあげたい。

 

それが出来ることを

とてもありがたいと感じます。

 

しかし、やはり

この方法は

パートナーに負担をかけます。

 

彼は自分で「抜く」ことができますが、それでもいちど

「からだの中に取り込む」ため、どうしても「負担」がかかるのです。

 

私は、これから

もしもまた

この痛みがでたときは

パートナーがおさえてくれた箇所を自分で辿り

自分で自分のからだを癒していくことになります。

 

パートナーに、いつもあまえてもいいかもしれませんが

私は、自分ではどうしようもない時以外はやらないほうです。

 

理由は、自分がセラピストだからですね。

 

たとえば、、

「ちょっと、ここが痛いから、肩をもんでよ」

 

「ちょっと、ここがへんだからマッサージしてよ」

 

ですとか

 

美容師さんに

「ちょっと、前髪がのびたから、ちゃちゃって切ってよ」

 

と言うのと、変わらないと感じるからです。

 

たとえば

世界的に有名な美容師やセラピストにも

同じことを言うのでしょうか。と感じてしまうのですよね。

 

人のからだを

「ちゃちゃっと」ですとか

「ちょっとやってよ」ですとか

 

そういう

「雑な扱い」を

することも

されることも

好きではないのですよね。

 

「大変なこと」なのです。

「人が人を癒す」というのは。

 

とてもエネルギーがいること。なのです。

 

よくしてあげたいという気持ちは、そのままエネルギーとなるのです。

 

ですから、それらを

「奪おうとするエネルギーを持っている人」には

触れたくはありませんし

自然と関われなくなっていっています。

 

誰にでも「無償で」してあげられたらいいのかもしれませんが、私はそれは

「ベスト」だと思っていません。

 

誰とでもセックスをしない理由と、それは変わらないと感じます。

 

ですから、パートナーには

きちんと

エネルギーでいただいたときは、エネルギーで御返ししています。

 

私は、自分のリフレクソロジーを用いて彼の

「足から不要なエネルギー」を抜いていきました。

 

彼は、元気になりました。

 

パートナーが、目には見えにくいものを「生業」としない理由は

 

「自分の肉体は自分で癒し、治すものだし

人の未来をみて、人生を左右するようなことを言うことは、その人のためにならない」

 

と感じているからだそうです。

 

大金をカウンセラーに支払い

いくら話を聞いてもらっても

「治らない思考の癖」があります。

 

しかし、大抵気づくことはなく、また、別の人に流れてゆき

「自分で自分を癒さないままジプシーになる」のです。

 

結局、口は出しても

誰も自分の人生に責任はとってくれません。

 

本当にそのひとのためになることはなにか?

 

ということを、どれだけ深いレベルで

感じるか、なのかなと感じます。

 

手を出すほうが、楽 ですから。

 

それを、彼はよく知っているからこそ

「本当の癒し」を教えてくれたのだと

感じています。

 

毎日本当にありがとうございます。

 

愛しています。