話を聞いていない人は、余計なお世話をする人

 

ワークショップや研修など

「それぞれの価値観」を

通わせたり、やりとりをする環境や場所や関係

ならば、「成立する」のですが

 

「普通の会話」では

「なかなか成立しにくいこと」があります。

 

「これについて、どう思う?」という

「質問」や

「といかけ」を

していないのに

 

「私は、こう思うんです」

 

「私は、こう考えるんです」

 

「私は、こう感じるんです」

 

と、

「自分」を

「押し付けてくるひと」は

 

たいてい

「人の話」を

「聞いていません」

 

そして

それを「指摘」すると

 

「聞いているよ!だから言ってるんじゃない」

という「かんじ」なので

 

「堂々巡り」がはじまります。

 

 

さらに、

「人の話を聞いていない人々」は、殆どの場合

「余計なお世話」を

セットで提供してくださいます。

 

 

「私、○○をしようとおもうんだよ。」

 

という、会話はいわば相手への「報告」であり「宣言」です。

 

しかし、「人の話を聞いていない人々」は

 

「自分の価値観にあてはめ」て

「自分ならばこうする」

「自分ごと」として

「認識」してしまうので

 

どこかで

「自分と相手が同化」してしまうのですね。

 

ですから、

 

 

「私、○○をしようとおもうんだよ。」

 

という会話に対して

 

「なんで○○をするの?それより🔺🔺をしたらいいとおもうんだけど?」

 

という

「かみあわない返答」を

することになります。

 

「報告」「宣言」

「相談」「アドバイス

に「自動変換されてしまう」

わけなんですよね。

 

そして

聞かれてもいないのに

「私は、こう思うんです」

「私は、こう考えるんです」

「私は、こう感じるんです」

という

「価値観」を「論じはじめる」わけですね。

 

「価値観をきかせてください」とも

「どうしたらいい?」

ときかれたのとも

ちがいますし

「相談をされたわけ」

でもなければ

「答えを求められているわけ」

でもないのですよね。

 

しかし 

「これ」

かなり分かりにくいので

「自覚」がないかたが

とても多いのです。

 

私は、以前

メンタルトレーニングを受けていた際、トレーナーから

「これ」を「指摘」されたことがありました。

 

「人が喋ってるときに、勝手にしゃしゃり出て来やがって!知ったかぶりしてんじゃねぇよ。邪魔なんだよ!」

 

と。

 

パートナーにも

「これ」を「かなりはっきりと指摘」されたことがあります。

 

「あなたは、自分が正しい事を主張したいだけで、私に勝ちたいだけですよね?

私の発言を全て無視して、自分の価値観の主張ばかりです。とても話す気にはなれません」

 

これらを受け入れることは

「とても大変」でした。

 

しかし、

「これ」に気づけたのは

パートナー

トレーナー

 

二人のおかげなのです。

 

ですから、お二人には

とても感謝しています。

 

「これ」

 

やりつづけると

「パートナーのこころ」が

離れていきますから。

 

だって

これをしてくるひとと一緒にいたいですか?

これをしてくるひととセックスしたいですか?

 

ひとを「見下して否定する」から

こういうことする。のですよね。

 

ひとを見下してる

ということは

自分を見下して否定していますから。

 

こういうことを

指摘してくれる方、気づかせてくださる方の存在に

 

ありがとうございます。