「フリ」がくれたメリット、デメリット

 

あなたは、セックスで演技をしたことがありますか?

 

上り詰めて、絶頂を迎え、果てる経験をしたことがありますか?

 

いくこと、は、うみだすこと

うみおとすこと

 

それは、

「自分の中から沸いてくる感情や想いを外に出す、表情をすること」

 

とも言い現せるかもしれません。

 

もっというならば、、

「自分に素直になれるひと、どんな自分も受け入れて、許せるひと」は、体験できるのだと思います。

 

生んだフリをすること

そうなったようにみせることは、誰でも簡単にできます。

 

相手を欺いて、自分を欺いて

文字通り「演技をすればいい」のですから。

 

ない。ものを、ある、ようにみせればいいのですから。

 

それが、いい。わるい。

ではないのですよね。

 

自分は「どちらが好きか?」

なのだと思います。

 

自分は「どちらの表現者でありたいか?」なのだと思います。

 

私は、セックスでいったフリ、生まれたふり。をしたことで、その両極を知りました。

 

結果

「本当にしたいセックス」

「フリをしないセックス」

「感じた感覚をそのまま表現できる最高のセックス」を 

毎日できるようになれました。

 

なんでもそうなのだと思いますが、

「誰かがしていることの評論や批判」をすることは、簡単です。

 

自分ではない誰かがしていることを見ているだけ、意見を言うだけでは、現実はかわりません。

 

わかる、わかると

「共感、賛同」はできても

「同じ魂のステージ」にあることはできないのですよね。

 

「魂のレベル」が違うと

一緒にいることもできなくなります。

 

結果

「パートナーが代わること」は

必ず起きてくる現象です。

 

私は「パートナーとのセックスでうみだすこと」をしましたが

そのパートナーとは、違う道に行くことになりました。

 

メリットとデメリットです。

 

しかし、

自分に相応しい相手と引き合うのは、自然であり普通のことです。

 

この現実がかわる体験を通じて

自分の魂の望む大切なこと。を学んだのだと思っています。

 

無駄なことは、なにひとつありはしないのです。

 

「それ」に気づくかどうか

「それ」を受け入れるかどうかかな、と、感じています。