裁きのセックス

 

私はしあわせなセックスが毎日できるようになるまでに

40年ほどかかりました。

 

もっというと

今年の節分頃までは

ものすごく

「ストレスフルなセックス」をしていました。

 

言葉で表現すると

「セックスをしているときに、監視をされているような感覚」と言ったらいいでしょうか。

 

常に「誰か」に

精神を覗かれているようなかんじ。がしていました。

 

その「監視」の存在が気になり

「からだ」と「こころ」が

「分離」して

本来ひとつのものが、バラバラの状態になってしまって

からだだけが、「そこ」にあり、こころは「うえ」にあるような状態でしたので

「いま」、「ここ」には

「なんにもない」

 

わかりやすくいえば

「からだから、意識がとんで

全く別のことを考えている状態」でセックスをしていたので

セックスをすると潜在的な部分が不安定になるかんじ。がしていました。

 

セックスはきもちがいいからとても好き。

 

でも、セックスをすると

なにか

「悪いことをしている」ようなかんじがする。。。

 

時間が経ってから気がつきました。

 

あの頃、監視をしていたのは

「セックスをしている自分を責める自分」でした。

 

ダメなことしている

 

悪いことをしている

 

最低なことをしている

 

軽蔑されるようなことをしている

 

そんなセックスは

本当のセックスではない

 

あなたのセックスは

まやかしだ

 

あなたは間違ったセックスをしている

 

あなたは悪いセックスをしている

 

あなたのセックスは無責任だ

 

あなたのセックスは最低だ

 

自分のセックスを見ながら

自分で自分を裁いていました。

 

ですから、からだはきもちがよくても、こころは傷ついていましたね。

 

からだは、物質的なため 

物理的な刺激でも反応はします。

しかし、こころは姿形がありません。

 

私は、自分で自分を傷つけながらセックスをしていました。

 

何故そんなふうだったか?

 

フシアワセなセックスを紐解いてみたいと思います。