プライド、偉そう、上から目線

 

20代、接客業をしていた頃

その店のオーナーから

勤務している期間中

ずっと「教育」されつづけたことがあります。

 

それは

 

高すぎるプライドと

上から目線の態度

 

です。

 

「あなたの接客態度は、非常に偉そうだ」

 

「あなたの接客を見たお客様から、どちらがオーナーかわからないと言われた」

 

「あなたの接客中のオーナーに対する態度がでかすぎる」

 

「そんなに自分を偉くみせるプライドが大事か」

 

「口のききかたが偉そうだ」

 

 

毎日毎日、顔をあわせるたびに言われていました。

 

当時は若さもありましたので

当初、まったく受けとれず

また、受け入れる気もありませんでした。

 

しかし、これらの言葉を

毎日、毎日、繰り返し言われることで、

「全否定」される感覚があり

傷つく度に、その感情を押し殺して働いていましたから

精神的にはかなり傷ついていましたね。

 

言ってくる相手がオーナーですので、言い返すことが

何を意味しているかは知っていました。

 

「プライド、偉そう、上から目線」

 

この言葉は私の地雷でした。

 

しかし

「自分では普通」であることが

「相手に不快感を与える」のは、接客という仕事上、大きな問題を含みます。

 

まして、オーナーだけでなく

お客様に言われているという話ですから。

 

自分が悪いのか。と責めることをしながらも

 

「どこがなんだろう」

「自分の何が他人にそう思わせる要因をつくっているのだろう」と、考えはじめました。

 

考えはじめたいちばんの理由は

 

プライド

偉そう

上から目線

 

こういう自分に「気づいていた」のですが

「直しかたがわからなかったから」です。

 

 

つづくφ(゜゜)ノ゜

 

「よかれ」と思ったら しない方がいいことと その理由たち

 

・心配

 

➡相手を気遣うように見えますが、大抵、自分が心配なものごとを、相手をつかって心配しているだけなんです。

 

相手の心配より自分の心配してあげないと♥

 

・口出し

 

➡他人がしていることに対して、あーしたほうがいい。こーしたほうがいい。というのは、別名、無責任極まりないただの野次馬なのです。

 

何かしたいなら、自分を進化させるほうに、ぜひとも力を♥

 

・励まし

 

➡つらいときほど笑顔でいなくちゃ!

ピンチはチャンス!など

 

今ね、そのゾーンにいないから大変なんです。

落ち込んでいるので、ちゃんと落ち込ませてください。 

 

元気になるときは、自分で元気になれますから。

力を貸してほしいときは

ちゃんといいますから♥

心配とよく併用される技です。

 

・的外れのアドバイス

 

➡これは、大抵かえって相手にストレスを与えてしまいます。

 

発熱時に、せっかく体が治癒させようとフル回転しているのに、自分の治癒力を無視して、解熱剤で無理矢理熱を下げるようなもの。

 

 

相手の治癒力を

「信じていない人」

つまり

自分の治癒力を信じていない人

 

自分を信じられない人

がよくやる技なんですね♥

 

ここに書いたようなことは

大抵、「いいひと」をしているひとは普通に日常的にしてしまっています。

 

しかし、、、

これ

本当は

「いいひと」でしょうか

 

よかれと思って、、と

思考や行動を起こす人は

大抵「いいひと」とされています。

 

あなたが

「よかれと思っていること」は

本当にその相手にとって「いいこと」ですか?

 

押し付けていませんか?

 

いいひとがよくやる本人が気づいていない

行動パターンです。

 

いいひと、から

抜け出せない人は

ぜひとも、自分で自分の心配を本気でしてくださいね。

 

ずっと続けていくと

また地雷が爆発しますよ。

 

いいセックスはしたいですが

こんな、いいひと、と

セックスしたいと思いますか?

 

「いいひと」が行う基本的な行動を別の視点から見た個人的な見解でしたφ(゜゜)ノ゜

セックスの前に。。⑤

繰り返し、繰り返し

 

自分にある地雷を踏ませて

それを爆発させ

自分を傷つけるわけです。

 

一体 何のために??

 

それは

「本人にしかわからない」のです。

 

ですが、地雷を爆発させ

自分を傷つけつづけてゆくと

 

「もうだめだ!このままだと本当に死んでしまう!」

と感じる瞬間が必ずきます。

 

その時に

見守ってあげられるかどうかです。

 

人は、誰かを傷つけることができないように

 

誰かを、救うこともできません。

 

自分を傷つけるのは、自分ですし

自分を救うのも、癒すのも

すべて自分自身にしかできません。

 

自分が自覚し

向き合って

「思い込みを変える」

しかありません。

 

それを

知ったうえで

 

「どんなコミュニケーションをとれるか」

 

が、とても大切なポイントなのです。

 

自己開示や自己主張が

悪いのではありませんし

自分の意見をハッキリいうことが、間違いなのでもありません。

 

ただ、

 

相手の気持ちを感じる努力をしているかどうか

 

は、セックスをする前に。。

 

基本ベースとして

「自分の中にあるかどうか」

確認しておいたほうがよろしいと思うのです。

 

自分されよければ。。

という人とセックスしたい人は、いないと思いますから。

 

まず、自分がどうなのか

向き合ってみること。

 

コミュニケーションをとるパートナー

まずは

「自分自身から」ということですね。

 

意外と見落としがちなので

書かせていただきました。

 

ありがとうございます(´ω`)

セックスの前に。。④

自分が傷つきたくて

傷ついている。

 

という事実を

 

認識できていない

認めることができない

 

のは、当たり前なのです。

 

自分が知らないあいだに

 

引っ掛かる言葉は

 

「自分のもって生まれた性格」

 

として

 

「うえつけられてしまっている」ため

 

自分でその引っ掛かる言葉がどんなワードか

 

は知っていても

 

「なぜ、そのワードが引っ掛かるのか」

 

「なぜ、地雷となったのか」

 

「いつ、地雷となったのか」

 

は、わからないのです。  

 

それにより

傷つき、嫌な思いをし

何度も何度も繰り返したために、

記憶の奥底に、

「地雷がうめられた記憶」

は、閉じ込めている人がほとんどです。

 

別のいいかたをすれば

「トラウマ」といえるかもしれません。

 

大抵、この

「地雷」をうめて

「トラウマ」にしたのは

 

「両親」です。

 

その人が育つ過程で出会っている「近しい誰か」です。

 

幼くて、まだ言葉の意味も理解しないうちに

 

「うえつけている」ため

本人は「認識」が難しく

「きづくこと」が困難です。 

なぜなら

「両親」が「近しい誰か」が

育つ過程で

「よかれと思って」

「地雷を埋めているから」です。

 

その「地雷」は

たびたび、持ち主に

「嫌な感情」を与えていますが

 

両親や、近しい誰か

が、くれた「地雷」は

別名「愛」と呼ばれます。

 

だから

爆発することを知っていても

本当は破棄したくても

「手離すこと」や

「捨てること」が

できないひとがほとんどなのです。

 

つづく。φ(゜゜)ノ゜

 

 

セックスの前に。。③

たとえば

セックスが弱い男性に

そうとは、知らずに

 

「セックス弱いね」と言ってしまうと

 

場合によりますが

「機能をしなくなる、反応しなくなる」

 

など

 

「普通にセックスができなくなる」

 

という

 

「大変なことがおきる」

わけです。

 

本人は

「自分はセックスが弱い」という

「思い込み」がある場合

 

「セックスが弱い」=自分

 

に、自動変換されてしまいます。

 

どんな言葉に引っ掛かるのか

は、皆様、異なりますので

「地雷」を踏まないようにする配慮は必要ではありますが

 

いかんせん

 

「どのワードが地雷」かは

なかなかわかりません。

 

ですから

「悪気や、悪意が一切なくても、引っ掛かる言葉をいいあててしまうこと」は、ありますよね。

 

もしも、、、

言い当ててしまったら

 

まず

悪気はないこと

悪意はないこと

を伝えることが非常に大切なことです。

 

自分はなんともなくとも

言い当てられた方は

 

涙がでるほど痛くて

悲しくなるほど苦しく

死にたくなるほどツラい

のです。

 

その

「相手をいたわる気持ち」がないのは、確実に 

「嫌われ」ます。

 

私は、僕は、悪くない。 

だって悪意なんかないし。

 

だって、傷つきたくて傷ついてるんでしょ?

そんなの自業自得じゃん。

 

こんなことを思っていると

「必ず相手につたわり」ます。

 

ここが

わかるか、わからないかは

非常に大きな差になります。

 

まだつづくφ(゜゜)ノ゜

セックスの前に。。②

よく  

 

「あなたの言葉で傷ついた!」

 

 

「誰か」のせいにする人がいます。

 

特に、精神の自傷行為に関しては多くみられます。

 

しかし

 

誰も、誰かを傷つけることはできないのです。

 

真実の法則性により

「そう決まっている」ので

認めるしかない。のです。

 

誰かに言われて

「傷ついた」と騒ぐのですが

実際には、ただ 

 

「ある言葉を言われたり、耳に入っただけ」

なのです。

 

しかし、たいていは

「その、引っかかる言葉」が耳に入ると

人は

「拒否反応」

がでてしまいます。

 

そして、

「過去にその引っかかる言葉を言われた時の

嫌な感情に引き戻されて、振り回される」

訳です。

 

傷つくのは

 

自分が、自分のことを

 

「そういう人だときめつけているから」

 

「言われて引っ掛かる言葉はまさに自分を現す言葉だ!」

 

「思い込んで」

「信じ込んで」

「そうだ!と、決めちゃって」いるから起きる現象です。

 

ですから

「図星」になってしまいます。

 

図星を、さされたり 

本当の事、を言われたりすると、たいていの方は

「怒り」ますよね?

「哀しみ」ますよね?

 

これは

 

自分が言われたら嫌な言葉を

 

「自分自身を現す言葉」として

「認識して信じ込んでしまっている状態」です。

 

つまり

 

言われたら嫌な言葉は

「自分にかかっている呪い」

ともいえますね。 

 

「ここ」に

気づけるかどうかは

大切な、ポイントです。

 

まだ つづく。。。φ(゜゜)ノ゜

セックスの前に。。

人は

 

どんなことをされたら

どんな言葉を言われたら  

 

自分が傷つくかを知っています。

 

傷つける場所も

「選んで」います。

 

肉体を傷つけること 

精神を傷つけること 

 

 

どちらを「傷つけたいか」によって、つかいわけています。

 

 

肉体を傷つける

自傷行為」は

 

傷が見えること、痛みを感じること、血が流れることなどで「肉体」があることを確認することができます。

 

それ以外にも

肉体を酷使すること や

眠らないこと など

様々な「表現」があります。

 

精神を傷つける

自傷行為」は

 

傷が目には見えません。

痛みを感じることの他に、肉体にも変調をきたしますので、そこで

「肉体」があることを確認することができます。

 

傷つきたい人 は

「傷つきたくなる」と

自傷行為」をします。

 

傷つきたくなる とは

 

「自分の肉体があることを確認したい」

 

「自分の存在を確認したい」

 

「自分の感覚を感覚したい」

 

など

 

「自分を感じるため」

「自分の証明のため」

「わざわざ傷つけること」

を、意識的に、または、無意識的に行います。

 

自分は幸せではないから

傷つけたり

 

自分は幸せになってはいけないから、傷つけたり

 

自分は可愛そうだと証明するために、傷つけたり

 

自分は傷ついていると証明するために、傷つけたり

 

傷つくことで受けとれる

「なんらかのメリット」を

受けとりたくて

自傷行為」をし

「自分を傷つけて」います。

 

長いのでつづく。。。φ(゜゜)ノ゜