セックス とはなんでしょう?③

 

 

さて、それでは

セックス とはなにかを

私の視点でお伝えします。

 

一言で

最も普遍的に一般的に

セックスを表すならば

 

「男性が性器を

女性の性器に挿入して、運動し

男性性器に刺激を加えて射精をすること」

 

となるのでしょうか。

 

自分で書いてみて

こういうのもナンですが。。

 

ナンダコレ

ツマラン

ゼンゼンシタクナイ

(´ω`)。。。。。

 

という感じを受けます。

 

こんなんなら

「セックスしなくていいわ」

とすら感じます。

 

 

セックスとはなにか?

が、この解釈である場合

 

「セックスは妊娠するためにする行為」

という印象も受けますね。

 

ですから

 

「結婚する男性としかしてはいけない」

 

「妊娠する時にしかしてはいけない」

 

「楽しむための行為ではない」

 

「男性を射精させることが目的の行為」

 

というイメージを与えます。

 

ちなみにこれは

私が小学6年で

初めて授業で習った内容です。

 

よく覚えてますでしょ?

 

これくらい

「最初」は「ベース」になるのです。

 

しかし

 

「これ」を「セックス」として

カップルになったふたりが

「まったく同じ感覚をもっていない限り」

 

確実に

パートナーシップは

うまくいきません。

 

ですから、最初はよくても

時間が経過し、結果的に

 

・異性関係が長くつづかない

・パートナーができない

セックスレスになる

・対人関係がうまくいかない

・恋愛する気持ちにならない

・自分に自信が持てない

 

といった現象がおきてくる

というわけですね。

 

ですから、もし自分にこどもがいて

学校で性教育を習ってきて

こんなことをいったら、きちんと話します。

 

それだけでは

全然説明が足りないね

 

セックスは、それじゃないよ。と

 

 

 

 

セックス とはなんでしょう?②

「ねぇねぇ セックスってなに?」

 

こう

聞かれて

 

「なんか、、、答えにくい」

 

と感じたかたには

 

セックスに対して

「答えにくいイメージがある」ことがわかります。

 

なかには

相手がこどもであると仮定した場合

 

「いかにもタブーなイメージ」を強く感じることもあるわけです。

 

こどもに聞かれたら

どんなふうに説明してあげられるか?

 

 

そのまま

 

自分が感じている

セックスに対するイメージを言葉にしたときの表現

 

です。

 

「よくない」

「恥ずかしい」

 

といった

イメージを持たれているかたが

セックスをこどもに説明するとどうなるでしょう?

 

伝えたかたの

セックスに対するイメージとそれらを表現した言葉を

こどもは受け取ります。 

 

もっといえば

「難しいこと」ではなく

「簡単なこと」が伝わります。

 

 

嫌そうな表情

嫌そうな表現

をしたら

セックスは「嫌なこと」として伝わりますし

 

タブーな表情

タブーな表現

をしたら  

セックスは「タブー」として伝わりますし

 

たまらなくいいものな表情

たまらなくいいものな表現

をしたら

セックスは「たまらなくいいもの」として伝わります。

 

ですから

 

「あなたのセックスに対するイメージ」は 

「そのまま」

 

こどもに伝わることになります。

 

セックスに関する話を聞いたとき、触れたときの

イメージがそのこどもにとってセックスのベースになる。 

ということです。

 

ひよこは、生まれてはじめてみた動くものを親と認識する

という表現があるように

 

そのイメージは

 

両親から

学校の先生から

近所の知人から

メディアから

 

様々で

「周りにいた大人から

受け継いでいる」 わけです。

 

最初に受けたイメージは

いつしか無意識に脳に記憶されます。

 

そして、

「無意識に、意識」され

「自分自身の価値観」として

自分自身のベース となります。

 

後々まで、意味をもち

「ある役割」を果たし

時に苦しみの種ともなります。

 

 

非常に単純でシンプルなことです。

 

いま、もしも

セックスに対するイメージがよくない場合は

最初に受けたセックスに対するイメージがよくなかった。

 

わけですし

 

いま、もしも

セックスに対するイメージがクリアでオープンな場合は

最初に受けたセックスに対するイメージがクリアでオープン。

 

なわけです。

 

・異性関係が長くつづかない

・パートナーができない

セックスレスになる

・対人関係がうまくいかない

・恋愛する気持ちにならない

・自分に自信が持てない

 

などは

顕著に上記どちらかに

偏っている結果

起こりやすくなるといえると思います。

 

 

ですから

 

セックスに対するイメージがよくなかった。

 

けれど

 

最初に受けたセックスに対するイメージがよくないことに気づいて、自分でイメージを書き換えて「克服する」

 

という

選択をすること

もできるわけです。

 

自分で信じているものが

自分の世界をつくるわけですから。

 

セックス とはなんでしょう?①

あなたは

「セックスって何?」 

 

と聞かれたら

どんなふうに

説明をしますか?

 

恐らく

100人いたら100通りの返答がありますよね。

 

これは、質問が

セックスでなくても

同じことがいえると思います。

 

皆さん、それぞれ

「解釈が違う」ので

当たり前なのですよね。

 

そして、その

「あなたの解釈」で

間違いはないのです。

 

あなたは

「セックスとは何か」を

知っていますし

言葉で説明することも

ちゃんとできるのです。

 

たとえ

セックスを

したことがあっても

したことがなくても

 

「どんなことをするのか」

 

知っていますよね。

 

それが、あなたにとっての

「セックス」です。

 

ですから、もし誰かに

 

「セックスって何?」

 

と聞かれたら、隠さずに

 

きちんと、彼や彼女にわかるように

 

彼や彼女にわかることばで

 

「あなたが思っているセックス」を

教えてあげてくださいね。

 

セックスを語るとき

話す人が

どんな「在り方」で

セックスについて話すかで

殆ど、全てが決まってゆきます。

 

たとえば

 

もし

こどもがあなたのそばにいる

と仮定しましょう。

 

「セックスって何?」と 

そばにいるこどもに聞かれたら

 

あなたは

「セックス」を

どんなふうに

説明しますか?

 

まずはじめに。

 

「この世」は

 

「すべて

あなたが信じたものでできている」

 

ということを

いつも

忘れないでいてください。

 

この

「当たり前のこと」が

いつも自分自身の中に

「主軸」としてあるならば

迷子になっても必ず

 

「自分」に戻ることができます。

 

オトナのためのやさしい性教育をはじめます。

 

お久しぶりです。

 

夏至を過ぎましたら

書かせていただく内容を

別のアプローチにしようと

思い、あれこれ模索しておりましたら

1ヶ月も過ぎてしまいました(´ω`)

 

この1ヶ月

1日に30000歩以上

ウォーキングを

仕事にしています。

 

このウォーキング

 

大変ありがたいことに

 

自分自身に

「あっているリズム」

のようで

 

「いろんな気づき」や

「いろいろな閃き」が

毎日いくつもあります。

 

わたしは、このリズムで

瞑想状態になりやすいのですね。

 

その時間の中で

 

「あ。。」

と感じたことがありました。

 

それは

 

「いろいろなことが、わざわざ難しく、わかりにくくされていて、説明も複雑にされている」   

 

ということでした。

 

それは

セックスについてもおなじことで。

 

過激で刺激的な描写

 

テクニックやマニュアルを追いかけるような在り方

 

筋力トレーニングならぬ

「女性の腟をトレーニングする」なんていうための「道具」もあったり。

 

 

なんといいますか

 

何を信じているか

で、結果はスッカリ変わります。

 

セックスは

「そんなに難しいこと」でも

「がんばらなくてはいけないこと」でもないよ

 

 

わたしは感じるのですよね。

 

努力や探求を否定する気は

まったくありません。

 

ただ

 

がんばるのは、そこじゃないかもよ

 

感じるのは、それじゃないよ

 

といいますか

 

「どうしたら自分がきもちいいか」

 

「どうしたら相手もきもちいいか」

 

シンプルに

「どうしたら、わたしもあなたもきもちいいか」

 

で、いいんじゃないかと

思うわけなのです。

 

なにかに、とらわれていると

どうしても物事を

「複雑」にしてしまいがちですが

 

もっとシンプルでいい

のですよね。

 

というわけで

「やかりやすくて、簡単な性のお話、セックスのお話」を

記事にしてゆこうかなと思っています。

 

毎日暑いですが

皆様、お身体くれぐれもご自愛くださいませ。

 

30000歩閃きの旅に

いってまいります(´ω`)

プライド、偉そう、上から目線③

まあほら、接客業だからさ

おまえの

「上から目線」

「偉そうな態度」

「プライドの塊」

は、仕事する上で

オーナーが困るんだよ。

威厳がなくなっちゃうからさ。

 

でも、そうは言えないから

お客さんが、とか言ってるわけでさ。

 

ただ、結局、おまえも困るわけだよな。

誤解されてるわけ。

 

結局は、おまえがオーナーのことを見下してるんだよ。

 

だから、お互いに

「やられたらやりかえす」みたいになってんだよ。

 

でも、実際はさ

「こうしたらよくなる」

「このほうがいい」って話を

お互いに、お互いのためにしてるだけだろ?

 

だから、どうしたら

「上から目線」

「偉そうな態度」

「プライドの塊」

じゃないふるまいになるのか

オーナーに聞いてみるのがいちばんいいよ。

 

そう感じてるの

オーナーなんだし、お前直したいんだろ?と。

 

かなり葛藤はありましたが

どんなに考えても、自分ではもうわからなかったので

後日、オーナーに謝罪し

頭を下げて、どこをどう直せばいいかを教えていただきました。

 

言われたことは

「謙虚さを学べ」

これだけでした。

 

相手をたて

相手を気遣い 

相手を喜ばせ

相手を楽しませる

 

いわば接客の「基本」です。

 

そんなこともわからずに

接客業をしていた自分を

心から恥じました。

 

「なんにもわかっていなかった」のに

 

それすら「認めようとしない」

 

これが「プライド」だったんだな。と、その時に初めて

頭ではなく心で理解しました。

 

自分はなんでもわかっている。自分はみんな正しい。

そんな「まちがった思い込み」がありました。

 

そこがわかったあとは

 

言葉づかい、口調、気遣いなど、オーナーを見て学びました。

 

オーナーが苦労して持った店、そこを選んで来てくださるお客様。

 

どれだけ大事にしていなかったかに気づいたら

本当に情けなくなりましたね。

 

結局は

「自分を保つ」という

「エゴ」が

事実を受け入れられない原因でした。

 

要は

「自分が思い込んでいる自分を

捨て去るのが恐かっただけ」です。

 

この

「上から目線」

「偉そうな態度」

「プライドの塊」

はすべて

 

私の母親から受け継いだものでした。

 

母親のように振る舞い

母親のような感覚を捨て去るのは、自分を無くすのと同じことのように、無意識に感じ、防御していたんです。 

 

そして

母親を否定されてる。と

感じていたのですね。

 

自分は、子供は

母親のコピーですから。

 

「上から目線」

「偉そうな態度」

「プライドの塊」

 

以前は、世界を破壊するほどの威力を持った地雷ワードでしたが

 

今は、言われても

ナンともありません。

 

傷つきもしませんし

怒りもわきませんし 

悲しくもなりません。

 

ですが、誰かから

そう言われてしまったら

素直に謝ります。

 

そのお仕事からは離れましたが、今でもそのオーナーとは交流があります。

 

いいにくいこと

を言うのは

「大変なこと」です。

 

ですからオーナーには

心から感謝しています。

 

ちなみに

私の母親は変わっていません。

 

しかし、それを

変えようとも思いません。

 

そんなかんじです。

 

 

プライド、偉そう、上から目線②

会社勤めをするまで

誰からも注意された経験がなかった部分でしたが

自分では

「気づいて」いました。

 

それらがあるために

非常に嫌な感情になり

その度に感情に振り回され

気分が上がったり下がったり

していましたから 

それが本当に自分でも不愉快だったんです。

 

ですから

言葉にして下さったオーナーに対して「よくない感情」がわきました。

 

だからこそ

このままではいけないという危機感が強くありました。

 

「やってしまいかねない自分」がいましたので。

 

ですから

オーナーに言われたことを

当時おつきあいしていた男性に話してみました。

 

「こんなことを言われている。あなたは私をどう感じている?」と。

 

すると、彼は

オーナーと違う言葉を用いて説明してくれました。

 

俺は、そういうお前が好きだからかまわないんだけど

たぶん、他の人は

俺みたいじゃないだろうからさ。と

 

・話し方

・口調

 

が、オーナーからしたら

「くそ生意気」なんだよ。

 

目上の人間に対してものごとをハッキリ言うことは、人によっては生意気と受けとられる。

 

ようは、お前のことを

そのオーナーが見下してるんだよ。

 

自分のしてることに対して

「意見」なんかされたくないからね。 

 

お前ごときが、何を偉そうにぬかしてんだよ。って

言葉を変えて言ってんだよ。

 

おまえにとって

「意見」でも

相手からは

「批判」と受けとられる場合もある。

 

しかも、年下から言われたなんて、到底受けとれない。

 

まあ結局は、その人の器の問題なんだけどね。と。

 

ただね、、

 

「おまえは、自分の感覚が正論だと確信して話しているだろ?」

 

相手も同じなんだよ。

 

自分が正しい

自分が正義

 

だと思っているから

「プライド、偉そう、上から目線」だと言うんだよ。

 

相手に言いたい言葉は

自分で自分に言ってるのと

かわらないんだよ。

 

ようは

「そこを直せばとても素晴らしいのに」と言ってくれてるのと同じなんだよ。と。

 

でもさ、

「そこ」は「自分」だからさ。

 

「自分」を「直せ」って言われるって、すごく嫌な感情がわくよな?

 

だって

「自分を否定されてる」と

感じるもんな。と

 

深夜の焼肉屋で

大号泣しながら話をしました。

 

つづくφ(゜゜)ノ゜