女神の素質を忘れた女性

 

うまくいかない原因は

 

自尊心の低さ

ですとか

 

自己価値の低さ

ですとか

 

大事なことは

「自己肯定」

ですとか  

 

最近では本当に

いろいろな表現がされています。

 

しかし

 

本当に知らなくてはならない

 

必要なことは

 

自尊心が低い理由

ですし

 

自己価値が低い理由

ですし

 

自己肯定が出来ない理由

です。

  

自尊心を上げる

自己価値を上げる

自己肯定の方法

 

をいくら探して使っても

 

「本質」

 

が変わらず

向き合えない限り  

 

違うかたちで

同じことを

「何度でも」

繰り返す羽目になります。

 

ですから

 

いくら

「女神の素質」を

持っていらっしゃっても

 

「女神になれない女性」

 

いらっしゃいます。

 

具体的には

 

私が記事にしている内容を

 

「ラブラブですね」

 

「キャーキャー」

 

という

「恋愛暴露記事」感覚で

読まれている女性は

それに位置してしまいます。

 

私が記事を書いている理由は

 

「セックス自慢」

 

「パートナー自慢」

 

「お付き合い自慢」

 

ではありません。

 

しかし

 

目には見えない大切なことが

 

「わかっていない」

 

方には

 

「そういう層のところ」まで

 

「そういう価値観で」

 

しか

 

「見ることは出来ない」

 

ため

 

「仕方が無いこと」だと

諦めています。

 

そして

あと2ヶ月もすれば

そういう「層」にいらっしゃる女性とは

 

もう

 

「お会いできなく」

 

なると思っています。

 

理由は単純明白で

ございまして

 

「お会いしたい方」

 

ではないからです。

 

私は誰のことも

救うことは出来ません。

 

自分のことは

自分でなんとかしなくては

前には進まないのです。

 

女神の素質を持っていても

 

どうにもならない男性と

時間潰しをして

恋愛ごっこを楽しむような

価値観しか持てないなら

 

その女性は

ソコまで。

ということ

 

自ら魂のレベルを上げるために

課題のチャレンジをしない女性は

 

女神には戻れません

そして

女神にはなれません。

 

今後、こういった

「同じ価値観の方」

とお会いするために

 

3月、4月の

残された

2ヶ月限定で

 

実際にお会いできる

「場所」をつくることにしました。

 

同じ価値観の女性と

直接お会いして

お話をしたいと思っています。

 

詳細は明日、こちらでお伝えさせていただきますね。

 

女神の素質

 

ちょうど、1年ほど前でしょうか。

 

私のパートナーに

「本物の情報」を

届けて下さった方がいらっしゃいます。

 

地域貢献

社会貢献

環境貢献

そして

豊かさの貢献 

 

大和魂を持つ

「本物のオトコ」 

がつくりあげた

 

はっきり申し上げて

普通では決してつかまえられないような

 

「物凄い情報」

 

 

その方は

 

「あなたには、言っておいたほうがよさそうな気がしたから~」  

 

無償で

パートナーに

この情報を

プレゼントしてくださったそうです。

 

パートナーは

1年経った今でも

この方に

大変な感謝をしております。

 

いちばん彼が

苦しかった時

 

全く光のない暗闇の底で

もがいて 

 

這うようにして

やっと生きていた時

 

その方が下さった

その情報に

 

彼は「ひかり」を見ました。

 

その方は

 

「希望」  

 

を下さったのです。

 

彼が

また、生きてゆこうと

思えるような

 

「生きる希望」

 

です。

 

命を

 

エネルギーを

 

いただいた

 

のですね。

 

ですから、私も

その方には

今でも大変感謝しております。

 

こういったことができる女性は、多くはありません。

 

豊かさと

しあわせと

安心と

誇りと

夢と

希望と

エネルギーと

生き甲斐と

楽しみと 

喜びを

 

くれた方です。

 

男性を

蘇生させる

 

命を蘇生させる

 

見返りを求めない

 

愛をこういうかたちで

 

表現できる女性

 

そういう女性のことを 

 

「女神」

 

というのです。

 

太っているからではなく。

 

胸よりも

お腹が出ている方

 

大変申し訳ございません

 

苦手です。。。

 

特に

 

女性で

 

胸よりもお腹が出ている方が

 

本当に、本当に

 

苦手です。

 

それには理由があります。

 

見た目がどうこうではないのです。

 

太っているから苦手 

ではないのです。

 

ただ、ただ、

私がかつてお会いした方に

 

「ひねくれている」

 

方が非常に多すぎたからです。

 

いちばん多かったのは

 

「他人に対して攻撃的」

 

な方でした。

 

他にも

 

「極端に幼稚」

 

だったり

 

「妬み」

「嫉み」

「歪み」

「陰口」

「文句」

「批判」

「モノスゴ」

かったり

 

とにかく

「メンドクサイ」

方が多かったため

 

苦手になってしまった

というかんじです。

 

表向きは

「はい💖」

と受け答えをしている方が

陰で

「とんでもないこと」

を言っていたり。

 

そういう方のお仕事で

ゆきとどかないところを

こちらがフォローすると

 

「やりますから、勝手にやらないでもらえますか?」

 

「声をかけてもらえませんか?」

 

などなど。

 

恐らく

ご自身の「仕事」や

「ポジション」を

「奪われる」と

感じるのだと思いますが

 

そういった理由から

 

「非常に攻撃的」

 

でした。

 

ありがとう。が

ないのです。

 

目の前で

「嫌がらせ」をする

「陰口を言う」のも

同じ理由だと思います。

 

本当に厄介なのです。

 

太っているから厄介

なのではなくて

 

たまたま

私が出会ってきた

 

そういう肉体で生きている

女性たちが

 

「厄介なだけだった」

のだと思います。

 

なんで、あんなふうに

なってしまうのか

 

私にはよくわかりません。

 

いつも、イライラして

いつも、陰口を言っていて

いつも、人の悪いところだけを見ていて

いつも、批判していて

 

同じ空間にいると

「重くなる」

のです。

 

身体の中にある

「水」が

滞り、溜まり

淀んでしまって

パンパンになってしまっている。

 

その姿は

正直、見るに絶えません。

 

見ていると

接していると

 

「息苦しく」

なってしまうのです。

 

 

今回、苦手な方が

そばにいてくださったからこそ

改めて気づいたことが

本当に沢山ありました。

 

しかし、そろそろ

終わりにしようと思います。

 

気付かせていただいたことに

ただ、ただ

感謝しております。

 

ありがとうございます。

 

名前呼ばれてますか?

 

自分の名前ほど

一生のうちで

多く耳にする言葉はないかもしれません。

 

しかし、果たして

どれくらいの方から

「名前」を呼ばれているでしょうか。

 

そして

「自分の名前の本当の意味」

を知っている方は

どれくらいいらっしゃるのでしょうか。

 

私は、

「本当のこと」が

好きなほうなため

好んで学びます。

 

そのうえで

いいことも

よくないことも

記事にします。

 

それは 

「バランス」を重視するためです。

 

今回非常に興味深かった事が

 

「名前」についてです。

 

お子さんに命名する際

「字画」を重視して

御名前を選ばれる方は

少なくないと思います。

 

そこには、非常に大切な

「理由」があるということが

大変よくわかりました。

 

それは

「なんとなく」

ですとか

「雰囲気」

ですとか

 

そういうふうに

見る必要のあることを見ずに

命名をすると

必ずお子さんに影響が出てしまうということです。

 

意外と知らずに

やってしまう

 

「運気を下げること」を

ひとつだけ書かせていただきます。

 

名前を「短縮」して呼ぶ

呼び方

 

これは

「最悪」

だそうです。

 

しかも、この

運気を下げる最悪なことを

誰よりもたくさんしているのは、他でもない

 

「両親」

 

だそうです。

 

そして

 

「お父さん」

「お母さん」

「お兄ちゃん」

「お姉ちゃん」

 

これは

「名前」ではありません。

 

名前で呼ばれない人は

「そこにいない人」

と同じです。

 

大切な方ほど

運気を上げたい方ほど

 

その方の御名前を

呼んで差し上げて下さい。

 

それだけで

どれくらい

喜びが沸き上がるか

体験をして下さい。

 

名前を呼ぶと

「言霊」が相手の中に

入るそうですから。

 

無論

運気を下げたい相手なら

どう呼ぼうと構いません。

 

詳しい事をお知りになりたい方は、ご自身でお調べになってみると

面白いかもしれません。

 

私は個人的に

 

名前を呼ぶということは

 

「相手の魂を呼ぶ」

 

ことと同じことなのだろうなと感じました。

 

ですから

パートナーのことを

これからは名前で呼び

彼は私を名前で呼びます。

 

彼は今、イギリスにいますが

こういう大切なことは

直ぐに伝えて、直ぐに実行をします。

 

それは

彼の運気を上げるためであり

私の運気を上げるためでもあるからです。

 

こういうふうに

「上昇していくこと」を

お互いに共有でき

尊重できるからこそ

 

私はパートナーを

尊敬し、更に深く大切にできるのだと感じています。

 

わりと、こういうところが

好きです。

 

いい1日ではなく「本当の1日を」

 

これから公開される映画の予告を見ました。

 

主人公の台詞に

 

「いい1日ではなく本当の1日を」

 

という言葉があります。

 

非常に的を得ていて

洗練された

素晴らしい

表現の言葉だなあと感じました。

 

いい1日を。という言葉は

当たり障りなく

耳障りもよく

なんと申しますか

 

「もう、古い」

 

のです。

 

言った方が

ただ、なんだか

いい人に見えてしまうだけ

のような感じがします。

 

しかし

 

本当の1日を。という言葉は

「刺さる」ようで

「はっ」とするようで

なんと申しますか

 

「そうですよね」

という感じで

 

これからの新しい価値観で

 

言った方に

試されているような

見透かされているような

感じがします。

 

どちらの価値観で

生きているかによりますが

 

実際、どんな場面であっても

「本当のこと」と向き合うことは厳しいものです。

 

嘘をついたか

騙したか

誤魔化したか

欺いたか

 

は、誰にわからなくとも

自分だけはわかっています。

 

実は

ストレスなく

自由に生きるのに

いちばん邪魔になるのが

 

「本当のこと」であり

「真実」です。

 

自分が

自分自身に対して

嘘がなく

騙さず

誤魔化さず

欺いていなければ

 

そこまで

ストレスはかかりません。

 

しかし

自分が自分に

 

「嘘をついていること」

 

「そのせいで、したくないことを我慢してしていること」  

 

 

ストレスの「源」ですから

 

本当のこと

 

って

気づくと

「ストレス」になりやすかったりします。

 

思考と気持ちが

ズレてしまい

「心を病む」のも

それが原因であることが

殆どです。

 

他人を

ではなく

自分で自分を

「裏切って」いて

自分で自分に

「嫌がらせ」や「いじめ」をしているようなものですからね。

 

ですから

自分がしたこと

選んだことの中に 

 

「墓場まで持っていく」

 

ような事があると

本当に「大変」だと思います。

 

言えないこと。というのは

「弱味」です。

 

自分のしたことを

否定する事と

変わらないわけですから。

 

それだけで

リスキーです。

 

目には見えませんが

大変ストレスがかかると思います。

 

既に

「自分に嘘をつかないこと」

が、非常に大切な時代に入っています。

 

嘘をついていると

魂は「重々しく」なり

上昇が難しくなるそうですから

 

どうぞ

 

いい1日

などではなく

 

本当の1日を

 

嘘偽りのない

本物の1日を

 

お過ごしください。

 

適当でいい加減

 

「ちゃんとしてないとダメ」

 

という価値観は

 

「もう古いんだなぁ」

 

と感じている 

今日この頃。

 

自分の居場所が

変化したのに

やり方が

 

「過去のまま」

 

「昔のまま」

 

であることに

 

先程

パートナーと

やりとりをしていて

 

気が付いてしまいました。

 

自分の居場所が

既に

一般的で普遍的では

なくなっているのに

 

感覚がうまく

ついてきておらず

 

なんともいえない

「違和感」

がありました。

 

理由が 

イマイチわからずに

いましたが

先程、謎が解けました。

 

自分の「才能」を知るとき

同時に

自分の「苦手なこと」も

知ることになります。

 

要するに

 

出来ること。と

できないこと。

 

 

「ある」ということです。

 

それを

 

「受け入れる」

 

ということです。

 

自分が苦手なことは

必ず

どこかに

その苦手なことを

得意としている人がいます。

 

そういう人と

出会うことが

豊かさを簡単に増すための

手掛かりになるのだと思います。

 

私は過去に

 

「ちゃんと出来ないとダメ」

「ちゃんとしなくてはダメ」

 

という

価値観で生きていました。

 

それは

 

正確に

間違いなく

きちんと

 

という

 

自分で自分の

許容範囲のハードルを上げ

自分で自分を

縛りに縛る生き方です。

 

出来ないことさえも

努力して

「やろう」

としてしまう生き方です。

 

結局、無理をしてしまいますから

苦しくなるだけですよね。

 

しかし

「そんな簡単なこと」

が、今まではわからなかったのです。

 

気づいてみれば

なんということは

ないのですが

 

気づかずに

そのままだったとしたら 

 

結構怖いことだなあと

改めて感じました。

 

「適当」という言葉は

悪いイメージにとらえられがちです。  

 

「いい加減」も

同じだと思います。

 

しかし

 

意味を調べてみたり

 

よーく見てみると

 

わかることがあります。

 

それは

 

「ちょうどよく」

「ふさわしいこと」

 

であり

 

「適度」

 

であるということです。

 

ですから

今年は更に

 

適当に

いい加減に

生きていくことにしました。

 

それが

自分にとっての

「苦手を克服すること」

になりそうです。

 

一回、全部、放り投げる練習

 

ああ、、まだまだだなあ

 

と感じた瞬間が

ありました。

 

来月初旬

ルーツを巡るために

ある場所に行く予定があるのですが

 

その場所に行くメンバーは

 

今まで生きてきた

 

いわゆる

 

「社会的で普遍的」

 

価値観とは

少し違う次元に

既に生きている人たちです。

 

行く日にちだけを決めて

 

あとは

行ってから

決めればいんじゃない?  

 

というインスピレーションや感覚寄りの方が殆ど。

 

というと

わかりやすいでしょうか。

 

当初は

それでよかったのですが

ふと、思ったわけです。

 

そもそも、どこに行くんだっけ?

 

と。

 

極端な話

どの都道府県に行くか

だけがわかっていて

 

飛行機を降りたら

どこに行くかわかっていない状態なわけです。

 

行き当たりバッタリ

ではなく

行き当たりバッチリ

の旅です。

 

そういう旅に

憧れは持っていましたが

実際にやってみると

 

こんなに「抵抗感」があるものなのか。と

 

いかに、決まったものや

出来あがっていることだけで、選んできたのか。を

 

やってみて

しみじみ感じたわけなのです。

 

そこで

今回は

 

インスピレーション寄りの方たちのやっているように

私もやってみようと思いました。

 

計画を綿密にし

スケジュールをたてて

企画どおり、決めた通りにすることは、今までずっとしてきていましたから

 

「やったことのないほう」を

 

選んでみます。

 

先ずは

「行くべき場所に行かせてください」 

 

 

一度、天に委ねて

忘れること。です。

 

一旦、旅行に行くことすら

忘れてみようと思います。

 

極端なお話ですが

 

定刻で飛行機にさえ乗ってしまえば、あとは

 

「なるようになる」

 

わけです。

 

おそらく

「最良」の結果だけが

そこにあるはずです。

 

それを信じられないから

怖いわけですから

  

一回 天に投げ、忘れ

 

行くべき場所に

「導いて」いただくという体験をしてみたいと思います。

 

まとめたり

決めたり

する必要って

実はないのかもしれません。